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アジア債券市場の為替リスクを、投資家はどのように管理すべきか?

ABF汎アジア債券インデックス・ファンド(PAIF)が委託した最近の業界調査によると、アジア太平洋地域を拠点とする資産運用会社やアセットオーナーは、同地域の債券市場に楽観的な見方を強めています。より良好な経済見通しを背景に、安定的なインカムの獲得機会が多くみられるようになったことが、こうした前向きな心理につながっています。

これらの機関投資家は、今後12か月でポートフォリオの約46%を債券に投資する計画であり、その割合は足元の42%や1年前の37%を上回っています。なかでも日本を除くアジア債券が、最も高い割合を占める見込みとなっています。

アジアの国債市場への投資には為替リスクが伴いますが、それでも楽観的な見方は強まっています。トレーダーであればヘッジによる為替リスクの軽減も考えるかもしれませんが、それは投資の複雑さを高めるものでもあり、好ましいことではありません。調査回答者の35%が通貨の下落を主な懸念材料に挙げた一方、景気後退やインフレの方がより緊急性が高いと考えられています。また、回答者の36%が日本を除くアジアのパフォーマンスが最も高くなると予想しており、これは2番目の選択肢であった日本を選んだ割合(15%)に比べて2倍を超えています。

幸いなことに、アジアの当局は金融市場の規制緩和を進めており、その結果、オンショアのヘッジ手段が増えているほか、より受け入れ可能な水準に取引コストも低下しています。各国の中央銀行は、必要不可欠な海外からの投資が通貨の下落によって逃避してしまう可能性を認識しており、したがって無秩序な通貨市場を安定化させるためであれば、積極的な介入も辞さない姿勢を強めています。また、さらなるプラス材料として、高いインフレ率が世界的な金融引き締めサイクルの引き金となってから2年以上が経過し、債券利回りが通貨の変動に対してもプロテクションを提供しています。調査の対象となった資産運用会社の実に41%が、債券に投資する主な理由として、リスク調整後の利回りを挙げています。

HSBCでアジア太平洋地域の金利戦略部門責任者を務めるPin Ru Tan氏は、「リターンのボラティリティは債券部分よりも、通貨部分の方がはるかに大きい点が重要」であり、「投資家はオンショアまたはオフショア市場での為替ヘッジによって、通貨エクスポージャーを管理することができる」と語っています。

アジア通貨をヘッジする最も一般的な手段は、ノンデリバラブル・フォワード(NDF)です。NDFは常に米ドル建てで価格決定と決済が行われるため、売買の自由度が低い通貨を取引しやすくする役割を果たしています。また、通常の先進国通貨のフォワード取引と同様に、価格の主な決定要因は、一定期間における2通貨間の金利差となっています。NDFはグローバル市場で取引されるため、原資産通貨エクスポージャーと取引を行う市場が同じ国である必要はありません(PAIFの構成国8つはそれぞれ特徴が異なるため、その為替ヘッジもそれぞれ大きく異なり、多大なコストが発生する可能性があります)。

シンガポール、香港、韓国などの先進国では、流動性の高いオンショア市場の存在が、債券にも通貨にも恩恵をもたらしており、マーケットメーカーの層の厚さやタイトなスプレッドにつながっています。対照的に、インドネシア、マレーシア、フィリピンなどの新興国は、低流動性やスプレッドの拡大に悩まされています。しかし、各国当局も、国内債券市場の発展を後押しするべく、オンショア商品の開発に日々取り組んでいます。

ドイツ銀行でアジア太平洋地域クレジット分析の責任者を務めるOwen Gallimore氏は、「結局はヘッジコストの問題」であり、「それは国によっても投資家によっても異なり、ヘッジ需要には通貨スワップのコストに応じた大きな波がある」と述べています。

そうした現在のコストを踏まえて、投資家にはどの通貨をヘッジするか、あるいは取引の自由度が低い通貨ペアの代わりに、より流動性の高い通貨をひとつかふたつ利用するかといった、豊富な選択肢があります。例えば、中国を特に懸念している投資家であれば、多くのヘッジ手段がある人民元のエクスポージャーをオーバーヘッジすることで、周辺国通貨への悪影響を緩和する選択肢もあるでしょう。

投資家をひきつけるアジア市場の多様性

地域が持つ多様性は、投資先としてのアジア太平洋地域の魅力を構成する重要な要素です。欧州は成熟度の高い国々で構成されたまとまった地域で、各国が概ね同じ動きをするほか、その政策も単一の中央銀行によってコントロールされています。これに対してアジアは、それぞれが成長サイクルの異なる段階にある異質な国々のるつぼであり、ソブリン格付けの見通しや金利政策のほか、地政学的なリスク要因も異なっています。こうした状況に加えて、アジアには一元的な統制も存在しないため、アジア太平洋地域の資産運用会社やアセットオーナーは、自らが最もよく知る地域において、広く分散された全天候型ポートフォリオを構築することが可能となっています。

ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズで債券ETFストラテジストを務めるMarie Tsangは、「こうした異なる市場をすべて組み合わせたエクスポージャーを構築することが素晴らしいのは、それぞれの市場が異なるペースで異なる方向に動く可能性があるため」であり、「そのリスク調整後リターンは、かなり良好だ」と言っています。

実際、2001年1月から2024年6月までの期間では、アジア債券のリスク調整後リターンが米国債券を上回っています。この間のアジア債券の年率リターンは4.78%、ボラティリティは4.59%であった一方、米国債券の年率リターンは3.10%、ボラティリティは4.82%でした。Tsangはまた、債券ETF市場の成長が、アジア債券市場において、投資家の裾野拡大につながったとも指摘しています。

「投資家はこうした債券にアクセスするためにETFを利用している」とTsangは言い、「ETFは市場の参加者を増やし、投資家の裾野を広げ、投資家と発行体をまさに結びつけている」とも語っています。

債券ETFのいくつかはアクティブに運用されており、通貨に関する投資判断も行っているため、資産運用会社やアセットオーナーの悩みはひとつ少なくなります。PAIFが委託した調査では、アセットオーナーの31%が、アクティブ運用型のETFやミューチュアルファンドを利用したいと回答しています。

その一方で、積極的に為替リスクを取ろうとする投資家もおり、そうした安心感の背景となっている可能性があるのが、アジアの投資家が自らの地域への自信を深めていることです。また、これが意味していることは、そうした投資家のポートフォリオにおいては、ベース通貨は必ずしも米ドルである必要はないということです。

現地通貨の見通しを注視

現地通貨への安心感が高まっているもうひとつの要因は、米ドルに対する見通しなのかもしれません。米国金利の上昇を背景に米ドルはこれまで堅調に推移してきましたが、米連邦準備制度理事会(FRB)が次の動きは利下げになるとのシグナルを発する中、こうしたトレンドは転換しつつある可能性があります。下落する米ドルに対してアジア通貨が上昇すれば、現地通貨建て債券のリターンはさらに魅力的なものとなるでしょう。

パインブリッジ・インベストメンツでアジア債券部門共同責任者兼ポートフォリオ・マネージャーを務めるAndy Suen氏は、「ドルベースの戦略において現地通貨建て債券への投資を決断するには、現地通貨が上昇するかどうか、通貨に関する明確な見通しが通常は必要であり、それは為替ヘッジが高コストとなる可能性があるためだ」と語り、「現地通貨に強気の見通しを持てない場合、現地通貨建て債券市場へのエクスポージャーを取るという判断にも影響がおよぶ」と述べています。

ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズで債券部門のアジア太平洋地域責任者を務めるKheng Siang Ngは、「アジアの現地通貨建て債券について言えば、投資家の主な狙いは利回りの向上にある」としながらも、「それでも投資家は、現地通貨の動きにも大きな注意を払っている」と述べています。これはパインブリッジのSuen氏のような投資家にとっても、債券ポートフォリオ戦略における重要な要素となっています。

通貨が上昇する可能性とは別に、通貨を分散の手段と考える投資家もおり、調査においてリスク調整後リターンに着目していた投資家にとっては、それが重要なのかもしれません。一方、それ以外の投資家にとっては、余計なボラティリティは投資の妨げになる可能性があります。いずれにしても、調査の結論は、アジア債券には多くの魅力があるというものであるように思われます。

その他関連するインサイトは調査レポート「アジア債券の投資機会を探る」をご覧ください。

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