Skip to main content
インサイト

債券投資家はアジアのインフレ動向に注目

アジア諸国は2024年を通じて、それぞれ異なる物価圧力にさらされるでしょう。その理由について理解するため、地域のインフレを牽引する要因を詳しく分析します。

Asia Pacific Head of Fixed Income, Head of SSGA Singapore

アジア諸国は、経済発展の度合や市場の構成がそれぞれ大きく異なります。こうした違いは、地域の債券投資家が注視している2024年のインフレ見通しに関するレンジの広さにも反映されています。

詳しく分析すると、アジア各国すべてに影響する要因がいくつかあることがわかります。その最たる例はエネルギー・コストです。ただし、さらに細かく見ていくと、状況には違いがあります。たとえば先進国では、労働市場が逼迫すると、サービス関連のインフレ高騰を通じて経済に悪影響が及ぶ可能性があります。一方、途上国では、労働力不足の波及効果による経済への打撃はそれほど大きくありません。

同様に、食品価格の高騰も総合インフレに大きく寄与しますが、影響の度合いはまちまちです。シンガポールのような先進国では、物価指数の算出に使用される財やサービスの構成(バスケット)において、こうした生活必需品が占める割合は相対的に小さいことから、影響は総じて限られます。それに対して、たとえばフィリピンでは、コメと関連商品が消費者物価指数バスケットの4分の1を占めています1

地政学的緊張は将来、貿易の混乱と物価高騰を引き起こす可能性も

アジアが豊かになるにつれ、政策担当者は地政学的イベントが食品価格に与える影響に注意を払うようになりましたが、その状況はまちまちです。ロシアとウクライナの戦争が続くと、小麦の輸出をさらに混乱させる可能性がありますが、イスラエルと近隣諸国との緊張が高まっても、アジア市場とはほとんど直接貿易を行っていないため、問題となる可能性は低いでしょう。

同時に、世界的な緊張の高まりによって貿易経路がさらに混乱し、原油価格が高騰すれば、アジア・欧州間の輸送コストが上昇する可能性もあります。アジア開発銀行は2023年12月付けの経済見通しで、2024年には気候あるいは戦争に関連する食料不足により、物価が上昇する可能性があるとの見方を示しました2

エネルギー・コストも、足元で影響を及ぼしているテーマです。インドネシアは現在、世界最大の一般炭輸出国で伝統的な石油生産大国です3。一方、中国やフィリピンは、必要なエネルギーの多くを輸入に頼っているため、原油高騰の影響を受けやすくなっています4。こうした中、国際通貨基金(IMF)は中東各地における緊張の高まりがエネルギー・コスト上昇につながる可能性があると警告しています5

気候の変化が物価に上昇圧力をかける可能性も

タイとインドでは乾燥によって土壌の水分量が低下し、オフシーズンのコメ収穫量が平均20%減少する見通しです。実際、アジアの主要コメ生産国では、2023年にコメの価格が30%~40%上昇しました。その一因は、国内の供給維持のためにインドが打ち出した輸出制限です6。インドネシアやフィリピンなどのコメの輸入大国は、国内の価格高騰を阻止するため、十分な供給を確保する必要があります。

中国とタイ – 一筋縄ではいかないインフレへの対応

2023年12月までの1年間で、中国の総合消費者物価インフレ率はプラス圏にとどまったものの、上昇率はわずか0.2%でした。これに対して政府の目標は3%です7。デフレに陥る可能性が生じた背景には複数の要因があります。たとえば食品価格の下落や軟調な労働市場があげられ、実際、賃金は2023年に1.3%下落しました8。2023年12月に発表されたデータでは、新規住宅価格が0.2%下落しており、軟調な不動産セクターも物価の下押し圧力となった可能性があります9

タイではインフレとの闘いに関して、財政政策と金融政策の間に若干のズレがあります。政府は、企業と消費者に対する物価上昇圧力を軽減するために電気料金を助成するとともに10、家計に対する物価上昇圧力を軽減するために、約140億米ドル相当の電子マネーを支給する「デジタル・ウォレット・プログラム」を2024年5月に実施すると発表しました11。ただ、現金を支給するとすぐに消費に回される場合が多く、こうした措置はインフレ圧力を助長するとみられています ―― つまり、タイの中央銀行の目的に逆行するものです。

中国とタイの経験は、インフレへの対応が複雑で一筋縄ではいかないことを示しています。さらにタイでは、2024年2月初旬、政治家の願望と中央銀行の直面する現実がぶつかると何が起きるかを示す良い事例となる出来事がありました。インフレ減速を示すデータの公表を受け、首相は中央銀行に利下げを求めました12。これに対し、中央銀行はコアの物価(指数の計算から変動の激しい食品とエネルギー・コストを除外したもの)上昇率がプラス圏にとどまっているとして、政治家の要求を退けたのです。

アジア経済の先行き見通しは、引き続き明るい

多くのアジア市場の経済見通しは、世界の他の新興市場よりも力強さを示しています。アルゼンチンを例にとると、インフレ率は先ごろ200%を超え、2023年12月だけで25%上昇しました。アルゼンチンは極端な例ですが、他の中南米諸国やアフリカの多くの市場13でインフレ率は総じてアジアを上回っています14

IMFは2024年1月の「世界経済見通し」の改訂版で、2024年のアジアの予想成長率を上方修正したと述べました。上方修正の主な要因は、インドと中国の成長見通しの改善です。IMFはまた、政策担当者がインフレとの闘いへのコミットメントを引き続き堅持するのであれば、今年後半にも金融政策を緩和する機会があるとみています15